6項 呼吸

 

 焼えカスのような炭のような

 

 連休があるけれども部活動の大会やら授業の補修やらで、まとまった休みがとれそうもないとき、旅行はあきらめて映画を借りて自宅で見るというのをやります。

 それで、幼い時に見た映画をもう一度見直してみたくなって借りることがあります。私が幼いころよく見たものと言えば『バック・トゥー・ザ・ヒューチャー』ですとか『天空の城ラピュタ』それと『グーニーズ』に『スタンド・バイ・ミー』ですね。

 もう一つ、よく見ていたのが『ルパン三世 カリオストロの城』です。あれは本当に大好きで、物語冒頭のゴート札という偽札を車からばらまくシーンとかカップラーメンのうどんにのっている油揚げをハフハフ食べるシーン、ワイヤーで建物を上るシーンなどいくつものシーンを真似した覚えがあります。偽札は車に乗っている最中にティッシュペーパーで代用したので親に怒られた記憶があります。ワイヤーは釣り糸で代用していろいろなところを登ろうとしましたが、物理的に危険であることを、身をもって知りました。釣り糸で手首を一巻きしただけで自分の体重を支えようとすれば手首はもげてしまいます。

 この間も久しぶりに『カリオストロの城』を借りて、発泡酒をちびちび飲みながらぼんやり鑑賞していたのですが、あるシーンを見たところで、昔の記憶がよみがえってきました。

 それは火事に遭った公邸をルパンと次元が尋ねるシーンです。

「誰だ!」

「ただの通りすがりさ」

 ルパンと公邸の庭師の老人のやり取りが始まる前に、次元が革靴で黒い燃えカスを踏みつぶして「火事、か……」とつぶやくシーンがあります。その燃えカスの踏みつぶされ具合がとても印象的だったんです。(少々マニアックですね。)

 私は昔から火を見たりいじったりするのが好きで、そのせいで親に「いつかお前は火事を出す」と言われていました。台所の火の点いたガスコンロの前で、手にした一本の箸の先を熱していると、やがて赤熱して、それを水道の蛇口に入れると「シュッ!」という音がする。刀鍛冶の真似です。そんなことを繰り返して箸をダメにしてしまう子どもは確かに親にとって非常な脅威でしょう。これをお読みになっているみなさんが親御さんなら子供のこんな行為には十分気を付けてください。

 学校の遠足などの飯盒炊さんやカレー作りでかまどの火を起こす時は、とにかく中心になって行いましたし、炭や木に火がついてみなの調理が始まっても、火力を維持するための枯れ木集めばかりしていました。みなが食べ終わって休んだり遊んだりしていても、火をいじる方が好きで火のそばから離れない。そんな、火が大好き少年だったころの記憶が『カリオストロの城』のワンシーンでよみがえってきたわけです。さすがに現在の私はそんな火のことばかり考えているわけではありませんが、時々You tubeの焚き木の動画を静かに見たりすることはあります。

 かつての記憶がよみがえってきたのと同時に、子供時代にずうっと思い続けていた謎まで思い出しました。それは炭と、木の燃えカスの違いです。

 炭と、木の燃えカス。

 見た感じ、黒っぽくてスカスカで、似ていると思いませんか?

 だけど炭は燃える一方で、木の燃えカスはもう燃えません。ということは炭と木の燃えカスは似て非なるものというわけです。

 みなさんは、この二つの違いを説明することができますか?

 ……。

 ……。

 どちらも加熱してつくられるものですが、加熱の仕方が異なります。

 木の燃えカスは、そのまま木を焼いて加熱することでできます。

これは要するに、空気中の酸素と木に含まれる炭素をくっつける反応です。物質が酸素とくっつくことを、難しい言葉で酸化(さんか)というのですが、酸化によって木の中にあるエネルギーを光とか熱に変えて出してしまうんです。

その結果残るものが木の燃えカスです。エネルギーは光や熱になってなくなってしまったので、文字通りカスという残骸です。これにさらに火をつけようとしてももうエネルギーをもっていませんから、火はつきません。

 それに対して炭。

炭は酸素とくっつかないようにして加熱した木なんです。

 

呼吸と燃焼そして炭

炭焼き(がま)に広葉樹などの木を入れて、酸素が入らないようにして高い温度にして加熱します。

 そうするとですね、木の熱分解が始まります。

熱分解というのは木の中の水素とか酸素、それと一部の炭素が気体や液体になって木から飛んで行ってしまうことを指します。こうして木の中は色々なものが外に出て行ってしまったせいでスカスカになります。

 一方で全部が全部、木から出て行ってしまうわけではありません。

大部分の炭素は外に飛び出して行けず、木の中に残ります。この炭素だけが残された状態を炭化と言うんです。

 一般に1キログラムの木材が炭化してできる炭はせいぜい200g。ですがその炭の中の炭素の割合は90%にも上ります。これが炭というものです。

生木や(たきぎ)に比べて水素や酸素といった余計な成分は少ないので着火しやすいですし、燃やしても煙はあまり出ません。……とまあ、ペラペラとお話ししましたが、こうしたことは理科の教員になって子どもたちに教える側になってから知ったことです。

先生という職業の良いところは「そういえば……」といつも気になっていたことを調べて子どもたちに披露する機会が提供されることだと思います。「「玉」という漢字と「王」という漢字、どうして似ているの?」と子供の頃、一度は思ったことがありませんか?これは実はシルクロードが……と話し始めると地学と世界史の話になってしまうので、ここでは割愛して、今回は酸化の話を始めたいと思います。

 

呼吸と燃焼

 

 酸化と言っても木材が燃える燃焼ではなく、細胞の中で行われている酸化の話です。「え?細胞で酸化って……細胞も火を出して燃えているの!?」と思われる方は『パラサイト・イブ』という小説やゲームを知らない限り、あまりいらっしゃらないと思いますけれど、細胞もまた、酸化を利用してエネルギーを取り出しています。その取り出し方、出てくるエネルギーの形が細胞と木材とでは違うだけで、やっていることは木に火をつけて燃やす燃焼と根本的に同じです。

 炭素が複数含まれる物質を有機物(ゆうきぶつ)といいますが、その有機物を酸化するのは燃焼も呼吸も同じです。

 しかし違いはあって、燃焼というのは急激な酸化反応です。しかも有機物から取り出すエネルギーはほとんどが熱や光になってしまいます。

 一方の呼吸は、ゆっくりと行われる酸化反応です。酸化反応を行うのは酵素(こうそ)とよばれるタンパク質たちで、この酵素たちがゆっくりと酸化反応を行うことで、エネルギーが取り出されます。取り出したエネルギーはATPという化学物質の中に蓄えられるというわけです。

 

 とまあ、燃えカスから始まって炭、燃焼や呼吸へと移ってきたので、ここでは最後、ろうそくに火を灯して話を閉めたいと思います。稲川さんの怪談ナイトみたいな雰囲気ですね。

 ろうそくに火を灯したことのない人は少ないと思いますので、火の灯ったろうそくを頭に思い描いてみてください。

ちなみに私は、祖母の家に行く楽しみの一つが仏壇の遺影の祖父に線香を供えることでした。

「そうすると祖父の遺影のまわりに小さなオーブのようなものがキラッと見えてね、それが降りてきてですねぇ……振り返るといるんですよ後ろの窓の外にぃ……」

 という稲川トークは冗談で、線香を供えるにはマッチでろうそくに火を点け、その火を線香に移す必要があります。要するにろうそくに火を点けたかっただけでした。霊感は関係なく火が大好きだという、ただの罰当たり小僧です。

 さて、そうこうするうちにみなさんの脳裏にろうそくの火が灯ったかと思います。

 炎の様子、じっくり思い描いてください。

 ……。

 質問があります。

 どうして炎は「そんな形」をしているのですか?

 おそらく思い描いた火の形は、炎の先端がとがっていて、下は丸みを帯びているのではありませんか?

それはどうしてそうなるのか、考えたことはありますか?

 ちなみにこれは空気の性質が関係しています。よく天気予報で聞く「大気の状態が不安定で」というセリフがあります。大気とは空気のことですから、これは「空気の状態が不安定」と言っているわけです。

 では質問。

 逆に「空気の状態が安定している」とは、どういうことですか?

 ……。

 ……。

 これはですね、暖かい空気は上にあって、冷たい空気が下にある状態です。

これが逆転した状態が不安定な状態です。

冷たい空気が上にきて暖かい空気が下にくると、空気たちは元の安定した状態に戻ろうとします。その時に雲ができて、天気が崩れるわけです。

 暖かい空気は上に昇ろうとし、冷たい空気は下に降りようとする――。

 この性質が、ろうそくの炎をあのような形にし、しかもろうそくの(ろう)がなくなるまで燃焼が続くようにしています。

 ろうそくの蝋が燃えると、炎の周囲の空気は暖められて軽くなり、上に移動します。空気が上に移動した分、まわりの冷たい空気がろうそくのそばに移動してきます。そしてそれがあらたに燃焼反応を起こし、移動してきたばかりの空気を暖め、上に移動させる。するとまたまわりから冷たい空気がろうそくのそばに移動してきて……この繰り返しです。こうした冷たい空気と暖かい空気の移動を対流(たいりゅう)といいます。空気が対流することで炎はあのような細長い形になるのです。

 

 ろうそくの宇宙科学

 

 ここでまた質問があります。

 ……。

 もし空気のある無重力状態でろうそくの炎を灯したら、炎はどのような形になると思いますか?ヒントはですね、「無重力状態では、空気は対流しない」です。対流は重力のある世界で起きる現象です。

 ……。

 ……。

 答えはですね、「丸くなる」です。

対流が起きないので細長い形にはならず、暖められた空気が上昇することもなければ冷たい空気が入ってくることもありません。というわけで炎の形は丸く、空気の供給が起きないので、まもなく消えてしまいます。

 無重力って不思議ですね。

例えば私たちはこうやって普通に地上で暮らしていて酸欠になることってまずないですよね?

けれど、もしあなたが何も知らずに停電した国際宇宙ステーションなどにいると、酸欠になる恐れがあるということです。理由は、自分の吐いた息が自分のまわりから動かないからです。ろうそくの丸い炎と同じです。国際宇宙ステーション内は空気の循環がつくられているということ、よかったら覚えておいてください。

 ス~……

 ではそろそろ息切れになりそうなので、深く深呼吸して、終わりにしましょう。

 そうだ、終わる前に……。

 無重力状態で以下のことをやったとします。ただし二つだけ、あり得ません。どれかウソか見当が付きますか。ハァ~……

 (1) 2人でハイタッチしたら、2人とも遠ざかった

(2) 2人で綱引きしたら、お互いに引き寄せられた

(3) 振り子時計を用意したら、振り子はゆっくり触られ続けた

(4) 油と水を混ぜたら、水と油は混ざったまま別れなかった

(5) 紙飛行機を飛ばしたら、飛ばした向きにまっすぐ飛んで行った

 

 酸欠にならない程度に考えてみてください。スゥ~、ハァ~……。